ドクターEとの話しの中で小学生にスポーツを教えるときに、技術的なことを
早い段階で教えるのはマイナスだ、という話しになりました。
デザイナーのカズさんも小学生にデッサンを教えてくださいって親から頼まれるけど
そんな技術的なことを小学生で教えたら発想力が伸びないよね、と言っていました。
オッシーの運動教室でも、できるだけ「遊び」に近い運動をさせることが運動能力の
伸び白を作っておくためには必須であると「鬼ごっこ」みたいなことを多く取り入れています。
ドクターやカズさんや私が子供の育成の話をするのとオッシーの状況とは大きく違う。
それはオッシーの場合は現在の収入に直結しているということ。
私たちは理想を語れる。そこにはまだ多くの親が理解できていない点がある。
子供の教育にお金を払うのは親なわけで、親の理解が得られなければ成り立たない。
オッシーの運動教室は、見る人が見れば優れた内容を取り入れている。
私たちが子供の頃は当たり前に遊んでいたような内容。
不整地を走り周り、不均一な木に登り、飛んだり、跳ねたり。
問題は親はペイに対して見える形でのリターンを求める。
テストの点数が上がると安心するように、先週より今週、今月より来月と階級を上げたがる。
脳の成長の段階、体の成長の段階というものがあって、それは均一な階段ではない。
大切なことは「答え」に近いイメージを想像できて、そのための「方法」がイメージできたときに
それを実践できる体があり、努力できるだけの精神力があり、その結果を受け止めて次に向かえる
思考があるか?これを「遊び」の中で培っていくわけです。
二人以上で遊ぶときには自分が勝ち続けたら相手は負け続けることになる。
それでは相手が楽しくないのでルールを変更したり内容を変えたりする。
大人(審判)が「次はこうしよう」と変更したら、勝っていた子は「えー」と口を尖らせる。
それで「じゃぁもう遊ばない」という子と次の瞬間には新しいルールを理解して再び勝とうとする子。
これが遊びの中で培う人間力。子供に「世の中は理不尽なんだよ」なんて言っても理解できません。
「ルールを変えた大人が悪い」なんて言っちゃう親は、自分が社会を学び直すべきです。
子供の教育は簡単なものではない。何をもって成功で何をもって失敗なのかも判断はできない。
ただ親は子供ができるだけ長い時間、笑顔でいてくれることが一番の喜びのような気がします。
「勉強しろ」「運動しろ「がんばれ」「お前のためだ」。そんなの自分が言われて耐えられますか?
テクニックなんて誰だって教えられる。テストの点数の取り方と同じ。
だから高学歴でもアホなのがウヨウヨ溢れてしまう。
オッシーは良くも悪くも言葉が足らないからなぁ・・・親には「この人なら大丈夫」って信じて
もらうしかないんだよなぁ。あれだけ子供に好かれる大人は珍しいもんなぁ。
まぁキャラが濃いですからね。ガチャピン、ムック、オッシーみたいな。
オッシーが評価されるには時間がかかると思うけど、がんばれ!